2013年11月12日

第三部17話より

今回は不快な場面があって、まさかとは思いますが、食事中の方がいらしたら申し訳なかったなと……。
お口直しになるかどうかは分かりませんが、実はあの透がトイレで嘔吐するシーン。
あれも管理人の実体験に基づくものでして。

確か真冬の寒い時期だったかと思いますが、テニス仲間と飲みに行った翌日です。
大人のくせして飲み方を誤ったと申しましょうか。羽目を外しちゃったんですね。
それで翌日に酷い二日酔いになりまして。
おまけに何処ぞでインフルエンザウィルスをもらったらしく、次の日は終日トイレとお友達状態で。
上からも、下からも……って訳で、もう悲惨な一日でした。
吐く物がなくなると胃液が出ることも、一緒に涙が出ることも、この時、知りましたから。

そして、もう一つ学んだことが。
人様に言えないような恥ずかしい体験でも、いつかは創作のネタになる!
えっ? 他に学ばなきゃならん事があるだろうが!って?
いや、それは追々ね。
だって、人間だもの……。(苦笑)


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2013年10月10日

第三部13話より

今回のお話は大河級に長い『輝』の中でも一つの肝となる個所でして。
第一部からずっと焦らしてきた(?)二人の想いがようやく通じるという意味でもそうですが、もう一つ。
体育倉庫でキレた唐沢が宮越に向けて放つ台詞が、私の中ではお伝えしたいメッセージでもありました。

アインシュタインが残した言葉に、こんなのがあります。
人の価値とはその人が得たものではなく、その人が与えたものによって測られる。

賢い人はやっぱり違いますね。
私なんかが百話近く費やして言いたかったことを、たった一文で表現してくれるのですから。(苦笑)
まだまだ精進が足りんと反省することしきりですが、彼はこんな素敵な言葉も残してくれています。

どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだから、いいじゃないですか。


アインシュタイン様、今日からこれを座右の銘にしても良いですか?




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2013年07月11日

スマホが無かったの……第三部4話より

今回、再アップしました第4話は、まだスマホが世の中に出回っていなかった頃に書いたお話なので、主人公・真嶋透が格闘している“文明の利器”はスマホではなく、パカ式の携帯電話でございます。
改訂に伴い、スマホにしようか迷ったんですけどね。
透がより滑稽な姿に映るのはパカ式かなぁと思ったのと、そもそも私自身、まだスマホ・デビューを果たしていないのもあって……

理由その1:まだ使えるのに、新しいものに買い換えるのが面倒
理由その2:常にパソコンに触れられる環境にあるので、メールと通話さえできれば、それほど不自由を感じない
理由その3:世間体を考えて買い換えようかと揺らいだ時期に、『相棒』の右京さんがパカ式で頑張っている(?)姿を見て、私も絶滅危惧種を目指してみようと思った

とまあ、あれこれ並べ立てておりますが、要するに、進化に対して腰が引けるというか。消極的になるのでしょうね。
これも、歳かな?
新しいラケットやガットなんかは、すぐに試したいと思うのに。
不思議ですねぇ。

それにしても、うちのCP。
毎回、ドタバタしていて、甘々な恋愛が好みの方には物足りないだろうなと思いつつ、今回もお約束の感じなってしまった。
すみません。
作者自身の恋愛経験値が圧倒的に低いゆえ、お許しくださいまし。
当サイトの更新同様、ゆるゆると進む彼等の恋愛を気長に見守っていただけたら幸いです。



posted by 宮城あおば at 20:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作裏話

2013年06月20日

半分実話です(第三部1話より)

今回の第三部1話で、主人公の真嶋透がサンフランシスコから南回りで帰国したルート。
実は、私も半分だけ使ったことがあります。
成田発、香港、ボンベイ、チューリッヒ経由ローマ着で、トランジットを含めて二十五時間ぐらいかかりました。

大昔の話になりますが、若い頃に旅行会社に勤めていたことがありまして。
本当なら直行便で行けるところを大人の事情により(?)南回りのフライトになり、漏れなくお客様からクレームが出るだろうから、ってことで、添乗に行かされることになりました。

もうね、針のむしろですよ。こういう時の添乗員は。
だって、ヨーロッパ旅行八日間のうちの25時間x2が移動に費やされ、しかもお客様は全員ハネムーンで、成田に来るまでに結婚式ですっかり疲労していて、そこからの経由便ですからね。
当然、成田に集合した時点で、全員、ムッとしている訳ですよ。
さらに旅行会社の社員と言えど、私はまだ経験も浅く、ボンベイなんて行ったことねえよ!っていう新米で……
ただでさえマイナス発進のツアーで失敗は許されないし、ビビリの私には大変きついお仕事でした。

でも幸いなことに、ツアーのお客様が良い人ばかりで、最初はムッとしていらっしゃいましたが、ツアーが終わる頃には「添乗員さんも大変だったでしょう?」と言って、皆さんで少しずつお金を出し合って、素敵なマフラーをプレゼントしてくださいました。
絶対、新米だってバレていたと思うんですけどね。
だからこそ、気の毒にって、思われたのかもしれません。(苦笑)
お客様からいただいたマフラーは今でも宝物として取ってあります。

他にも旅行会社時代の珍エピソードがいくつかあるのですが、それは新連載のネタにまわすとして。
まずは、改訂中の『輝』を終わらせなければ!ですよね。
現時点で、ようやく半分。
自分でも予想を上回る亀更新に驚いております。
後半はもう少し、チャッチャと進むと良いのですが。(汗)
今後とも気長にお付き合いくだされば幸いです。



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2013年01月31日

ジャンのモデル

ジャンが健在のうちに、彼にまつわる裏話をしておこうかと思います。
実は、ジャンにはモデルがいます。
外見は前にも申し上げましたが、フィッシュ選手が近いです。(あ、髭のある最近のお顔です!)
内面の大人げない……いえ、永遠に少年の心を失わない、元・プロと言う設定は、私のテニスの恩師が基になっています。

彼はとにかく基本に厳しい人で、子供に対しても容赦がない!
でも、子供って、地味な練習はすぐに飽きるし、覚えも良い代わりに、忘れるのも早いじゃないですか。
例えば、ポジショニング。
サーブを打つにしても、リターンで受けるにしても、基本のポジションがありますよね。
初心者の頃、私はバックハンドが苦手で、リターンの立ち位置を、ついセンター寄りに構えていました。
その方が、フォアハンドで拾える確率が高くなるからです。
そんな私に、彼は鋭い切れ味の(たぶん、ご自身が試合で使っていたと思われるプロ仕様の)スライス・サーブとか打ってくるんですよ。
初心者の、いたいけな子供の私に、ですよ?
因みに、彼がスライス・サーブを使った意図は、右に(私のフォア側に)ぐいっと逸れるので、あまりセンター寄りに構えていると届かない、と教えたかったようです。

当然、一歩も動けません。
マンガじゃないけど、ほんとに「ギュイーン」って感じで、ボールが突っ込んできましたから。
で、彼は満足げに言うのです。
「な、こういうサーブが来た時に返せなくなるから、基本の場所で構えてろ」って。
「や、ジュニアでこんなサーブ、打つ奴いねえっつうの!」
と突っ込みたいのは山々ですが、彼はこうも言うのです。
「今やっている基本は、中級、上級クラスに行ってから、絶対、役に立つから、体に刷り込んでおけ」と。
当時、初心者クラスにいた私に、彼は初級、初中級をすっ飛ばして、中級、上級の話をするのです。

フラット・サーブのリストワーク、ストロークの際のインパクト、ボレーのグリップ遣い。
何より、バスケ部か!?と首を傾げるほどのフットワークの練習量。
どれも地味だし、しんどかったし、体に覚えこませるのに時間もかかりましたが、彼の言う通り、上のクラスで役立つ事ばかりでした。
自分のプレースタイルが出来てくるに従って、当然、変えていかなければならないものもありましたが、それも基礎があってこその話ですからね。

何だかんだ言って、私は指導者に恵まれていたと思います。
華道の師範、テニスのコーチ、高校の先生、先輩。どなたも一筋縄では行かない方々でしたが……
前述のコーチなどは、ゲーム練習でたまたま私が当たり損ないのショットで彼からポイントを取ったりでもしたら、本気になってドロップショットとか、打ってきましたからねぇ。
まあ、大人げないったら、ありゃしない。(笑)
でも、いま振り返るに、彼のような長い目で生徒を育てようとしてくださるコーチと出会えたから、オバサンになってもテニスを楽しめているのかなと、思います。

いつか私も大きくなったら、子供たちに何かを残してあげられる大人になりたいと思いつつ、気がつけば、ダメダメな社会人になっておりました。(苦笑)
子供たちに、『三匹のこぶた』で言うところの「藁の家」ではなく、「レンガの家」を残せる大人。
実際にやろうとすると、難しいです。
私も人に指導する立場になってみて、つい基礎を繰り返し教えることを怠り、藁の家に走ろうとすることが多々あります。
藁の家の方が指導者も生徒も、何となく達成感を味わえます。
「今日はこれを教わった!」って。
でも、すぐに役に立たなくなる。
何故なら、それは枝葉であって、根幹をなすものではないからです。
本物の指導のプロはレンガの家を造る事の大切さを知っているし、その為の引き出しもたくさん持っている。
まだまだ道のり遠し、です。

テニス小説『輝』は、私が今まで出会った素晴らしい指導者の方々から頂いた宝物を活かしきれなかった懺悔の気持ちもあって、彼等の教えや心の支えになった言葉を、脚色して書いています。
拙作を通して、ここに来てくださる皆さんに、彼等が築いてくれたレンガの家の一片でもお伝えできれば嬉しいです。

珍しく、真面目な話をしてしまった……(照)





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